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続・自己の中の他者について

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普通を知ることの重要性

  • 前回は群衆心理(Gustave Le Bon,1895 櫻井, 1993)と空気が意思決定を支配する場面について(山本, 1983)触れながら、両者に共通する視点について考察した。今回はまた少し舞台を変え、デザインの世界を覗いてみよう。「センスは知識からはじまる」*1(水野,2014)によると、クリエイティブなものを創造するにはひらめきが必要だ、という世間一般の認識には大きな誤解が含まれているという。センスがあるかどうかは、他とは全然違うものをひらめくかどうかということだといえば、多くの人はうなずくだろう。しかし、著者によるとそこには大きな落とし穴があり、企画を考える時はむしろ誰でも思いつくようなものは何か、ということに関する知識を蓄えることがまずは大事だという。誰も見たことのない驚くような企画というものは実は大半が売れない企画なのだ。
  • 普通でないことをひらめこうとあれこれ考えるよりも、そんな時間があればまずは徹底的に「なんら変哲もない普通とは何か」についてインプットをして知識を蓄えた方がむしろ遠回りせずに済むということなのだろう。普通を知ることが普通ではない企画に遭遇する近道だというのだから、なんとも逆説的である。

まとめ

  • この話は前回の群衆心理*2(Gustave Le Bon,1895 櫻井, 1993)のロベスピエールの話と同様で、群衆をうまく味方につけるには群衆よりも優れていることをアピールするのではなく、自分の中にある群衆の部分に目を向け、その群衆部分に語りかけるようなアプローチが有効なのだ。群衆を自分とは別の性質を持つ集団と見なして境界線を作らないことが重要なのである。
  • また、空気の研究*3(山本, 1983)が述べるように、空気が支配する構造から抜け出るためには、まずは空気の存在を認識しなければいけない。空気の存在を認識した上で、それに支配されやすい私たちの性質を次に理解しておく必要がある。そこまで理解できてようやく空気の支配構造を外から俯瞰し、対策をとることができるのである。
  • ここまでの話を総合すると、これまで自分と他人とを区別していた境界線を取り除き、自分の中にあるその他者の部分に注目することがとても大切だということになりそうだ。これはまさに自己認識の話なのではないだろうか。そこでつぎに「insightー今の自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力」*4(Tasha Eurich, 2017  樋口, 2019)を見てみよう。

自己認識とは

自己認識とは、自分自身と、他人からどう見られているかを理解しようとする意思とスキルのことだ。(Tasha Eurich, 2017  樋口, 2019)

  • これが自己認識の定義だ。ここで重要なのは、この定義には2つの視点が含まれているということである。つまり、自分自身を見つめる視点(同著書では内的自己認識と定義されている)と他人が自分を見る視点(外的自己認識と定義されている)のどちらからも理解することが必要ということだ。これは2つの視点のバランスをとるべきだということもできる。通常、自分のことをよく考えるという文脈では自分で自分自身のことを内省するとか、自省するとかいうスタンスでものを考えることが多いように思うが、著者は外から見られる自分をどう認識するかも同じくらい重要だという。
  • 人間は相互に影響を与えあって社会を構成する生き物だ。他人の影響を受けて自分の行動が変わることもあれば、自分の行動が他人に影響を与えることもある。これは変えようのない前提である。そうすると、自分の考えや内なる欲求を追求することばかりでは、社会の中で自分が果たしている役割や自分を見て行動を変えている他人に対してあまりにも無頓着と言わざるを得ない。自分が与えている社会的な影響を自覚することで、人はより円滑に社会生活を営むことができる。
  • 人間は自分が思っているよりも自分自身について分かっていない。苦楽を共にしてきた仲間がある日突然自分たちのもとを去ったり、恋愛などで自分はうまくいっていると思っている矢先に別れを告げられたようなことは誰しも一度や二度はあるはずだ。自分自身が他人からどう思われているのかということはなかなか自分で気づくことは難しいものだ。著者は自分が外に対して与えるインパクトを知るために身につけるべきスキルを、「パースペクティブ・テイキング」と呼んでいる(Tasha Eurich, 2017  樋口, 2019)。これはいわば他人が自分を見る視点をもつということだ。他人の視点を持つという点ではデザインの世界で普通を知ることの重要性も同じく他人の視点を持つということだと言える。また、群衆心理も同様に、為政者などが群衆の心理を理解することの重要性と理解することもできる(それゆえか、同著書はヒトラーに愛読されていたという)。空気の研究においては、空気という外部化された存在を定義することで、外部化された視点から自分たちの議論を客観的に考えることができるようになっている。
  • 自分の中にある他者の存在とは、言い換えれば他者から見た自分の存在である。今回のテーマは結局のところパースペクティブ・テイキングの重要性という一言に集約することができる。

*1 水野学(2014),『センスは知識からはじまる』, 朝日新聞出版

*2 Gustave Le Bon(1895), La psychologie des foules(ギュスターヴ・ル・ボン 櫻井成夫[訳](1993).『群衆心理』 講談社)

*3 山本七平(1983), 『空気の研究』, 文藝春秋

*4 Tasha Eurich(2017), Insight: The Power of Self-Awareness in a Self-Deluded World(ターシャ・ユーリック 樋口武志[訳](2019).『insight(インサイト)――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』 英治出版)

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