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ユークリッド幾何学 企業戦略

思考の幅と前提条件について考えてみよう

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  • コミュニケーションをとっていると、よく「自分は絶対に間違えていない」という前提で話をしてくる人に出くわすことがある。確かにそういう人たちが言っていることはある側面から見ると合理的であり、正しいことを言っている場合が多いように思う。ところが、会社の中には同じものの見方をする人ばかりではない。自分が当然にこうするべきだろうと考えていることであっても、色々なものの見方や考え方、その時の感情や人間関係なども相まって、別の行動が取られることがしばしばある。
  • そういう時、「自分は絶対に間違えていないのだから、間違えているのは相手であり、その相手が自分の考えに寄り添ってくるべきだ」との考え方から出られないのだ。自分が絶対に間違えていないという前提は、このような状況では完全にスタックしてしまう。なぜなら「相手も同様に自分が正しいのに相手がわかってくれない」と感じているに違いないからである。
  • 自分が正しいという前提でお互い話をしている限り、この状況が前に進むことはあまり期待できないだろう。前提条件を外さなければお互いに「自分の意見を主張する」というコマンドを繰り返すしかなく、選択肢が広がらない。
  • そこで今回は「前提条件」とそれを外すことで何が起こるのか考えてみたい。まずは数学の世界をのぞいてみよう。

平行線が交わる世界

  • 平行線はどこまでも並行であり、交わるわけがない。交わるなら、そもそもそれは「平行線」とは言わないーこのような考えを持っている人はとても多いのではないだろうか。これは確かに正しい。あまりにも当たり前すぎるので、人類はかなり前の時代からこうした「(特に証明がなくても)自明なこと」を「公理」として、論理を展開する上でのスタート地点とした。論理が正しいかどうかは論理の展開を検証することで判明するが、論理を遡ってゆくとどこかでこれ以上は論証不可能な部分が出てくる。この、「これ以上は遡らなくてももう当たり前、ということで片付けても誰も文句は言わないですよね」というような内容が「公理」のイメージと言っておこう。
  • 平行線が交わらないということを「公理」として扱おうということが最初に明示されたのは紀元前3世紀ごろである。ユークリッドという人が幾何学の基礎として5つの公理・公準を「原論」の中で示したのである。その5つとは、
    1. 第1公準:点と点を直線で結ぶことができる
    2. 第2公準:線分は両側に延長して直線にできる
    3. 第3公準:1点を中心にして任意の半径の円を描くことができる
    4. 第4公準:すべての直角は等しい(角度である)
    5. 第5公準:1つの直線が2つの直線に交わり、同じ側の内角の和が2つの直角より小さいならば、この2つの直線は限りなく延長されると、2つの直角より小さい角のある側において交わる
  • いわゆる平行線は交わりませんと言っているのは第5公準である。このユークリッドの5つの公理は紀元前300年から19世紀末までの約2000年近くにわたって幾何学の唯一絶対の真理であるとみなされてきた。それはそうだろう。上記の5つは誰の目で見ても当然であり、否定することは難しいと思われるからだ。
  • ところが、19世紀末には第5公準を満たさないものの、1〜4の公準は満たすという「非ユークリッド幾何学」が存在することが相次いで証明された。人類が不動の真実として幾何学の基礎とみなしていたユークリッドの公理・公準の絶対性は、2000年後に破られることとなった。
  • それでは「非ユークリッド幾何学」の世界とはどんな世界なのだろうか。直線は2地点間を最短で結ぶ線と定義されるが、球面上で2地点間の最短距離を取ると必ずそれは球面の大円を通ることになる。大円とは、球の中心を通る平面と球面との交線のことである。球面上では任意の大円は必ず交わるので、平行線をそもそも定義することはできないのである。
  • こうなると、ユークリッド幾何学で想定してたことにたいして色々と不都合が生じる。例えば球面上では三角形の内角の和は180度にはならない。全ての角が90度の三角形が描けるのだ。そうするともはや私たちが日頃「三角形」と呼んでいる具体的な図形に対して普遍的な性質を考えることはできなくなる。そこで図形の持つより普遍的な性質を追求する学問として「位相幾何学」が産み出された。
  • つまり、「平行線が交わることはない」というあまりにも当たり前すぎて疑いもしなかった前提条件を疑うことによって、そこから位相幾何学というさらに普遍的な図形の本質を追求する学問が誕生したのである。
  • 次に、企業戦略策定の場ではどうだろうか。

戦略策定における前提条件

  • 企業戦略策定の場では、多くの戦略コンサルタントが「前提条件を外して考えること」や、「境界条件を列挙し、何が足枷となっているか」などというように前提条件を外して考えることの重要性を指摘している。
  • 「シンプルな戦略:戦い方のレベルを上げる実践アプローチ」(山梨広一, 東洋経済新聞社, 2014)では企業戦略立案のステップとして境界条件を再確認することの重要性が謳われている。
  • 境界条件の再定義とは、すなわち今回の戦略構築に際して必ず満たすべき前提条件を再確認することである。戦略を構築するにあたって、ある境界条件に無意識的に縛られていたり、従来の慣習を踏襲しているだけというケースが少なくない。往々にして境界条件は戦略の自由度を狭めるように働く。したがって、戦略構築において境界条件をその都度明らかにして見直すことが重要となる。第一歩としてフレームワークを用いてすべての境界条件を網羅的に書き出してみることが効果的である。
  • また、「戦略課題解決21のルール」(伊藤良二, 朝日新聞出版, 2010)では無意識に受け入れている所与を明らかにすることの重要性が謳われている。
  • 所与(解決されるべき問題の前提として与えられたもの)とされている考え方や状況を一度、全面的に否定してみる。そうすることによって、置かれている状況を打開する糸口が見えてくる場合がある。所与を覆してみるには、現状の中に「隠された所与」を見つけ出さなければならない。大抵の場合、誰の目から見ても同じ評価や判断に行き着くものが所与として扱われているため、私たちは無意識のうちに所与を設定して受け入れてしまっているからだ。
  • 「その前提が間違いです。」(清水勝彦, 講談社, 2007)では組織に蔓延る怪しい前提がいくつも列挙され、その一つ一つについて別の視点が挙げられている。トップは現場を知らないから、もっと現場にいって現場のことに耳を貸すべきだ、という意見もその例として挙げられている。これはトップから見ると現場は経営全体で物事を俯瞰してみておらず、物事の本質が分かっていないということになり、現場からすると現実がわかっていないから現場離れした施策を打ち出すのだ、と考えている。まさに冒頭で想定したシーンそのものだ。お互いに自分が正しいと考えている。清水氏によると、このような状況は結局お互いがお互いのことを分かっていない、ということになる。本当に必要なのは組織のあるべき論を各自が言いっぱなしになっている状況なのではなく、お互いがお互いをよく知り、意見をぶつけ合って信頼関係を普段から構築しておくことだと言う。

まとめ

  • 普段からあたりまえとしてしまっていることがいつの間にか前提条件となり、それが状況における選択肢の自由度を著しく狭めているということはさまざまなシーンで起こっている。状況がスタックして前に動かないと感じた時は、何か足枷となっている前提条件がないか、洗い出してみるのも一手だろう。

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