コロナ禍が生活習慣を変えた
- コロナ禍で行動が大きく制限され、ライフスタイルにも大きな変化が訪れた。以前よりも外出する機会が減少し、人が集まる場所は稼働が急降下している。リアル店舗よりもネットでの購買が増加し、家にいるだけでかなりのことができるようになった。一方でこうした外出控えは運動不足も招いている。以前よりもより意識的に運動をしなければ一日中家で座りっぱなしという事態も普通に起こるようになった。
- こうした生活習慣の変化は不動産の価格にも影響を与えている。国土交通省が発表している2021年1月1日時点の公示地価は全用途の全国平均で6年ぶりに下落に転じたのである。これまでインバウンドなどの訪日客で賑わっていた三大都市圏の商業地の地価は上昇を続けていたが、一転して値下がりに転じた。大阪・ミナミの道頓堀1丁目は前年度対比で△28%と全国の商業地の中で最も下落幅の大きい場所となり、東京・銀座でも2桁マイナスとなった区域が存在した。
- テレワークの急激な浸透は、これまで上昇トレンドとなっていた東京都区内の多くの住宅地の地価を下落させた。一方で神奈川や埼玉、千葉など首都圏から少し離れた地域の地価はそこまで大きな下落はしておらず、堅調となった。
- これまで都心近くで高めの家賃を無理して払っていた人は、家賃がもうひとまわり安くなる都会の郊外へ移動した。難しい判断が求められるのは、コロナ禍の直前に都心で無理をして自宅を購入し、莫大な住宅ローンを抱えた状態でテレワークとなった人だろう。不動産価値が下落する前に自宅を売却したいところだが、様子を見ているうちに不動産価格が下落し、売却によって住宅ローンの全てを返済しきれないような状態になっている人である。人は生活習慣が変わると意思決定も変わってしまうのだ。このことは普段から意識することは少ない。意思決定する際、今の習慣を前提に考えるがほとんどだが、その習慣が変わるとまた意思決定も変化しうることをコロナ禍は教えてくれたと考えられないだろうか。今回はこのように習慣の変化が意思決定を変えるという側面を少し深掘りしてみたい。
習慣化のシステム
- 「スマート・チェンジ 悪い習慣を良い習慣に作り変える5つの戦略」(アート・マークマン, CCCメディアブックス,2015)によると、習慣を形作っているのは主に脳が持っている2つのシステムによるという。一つはゴーシステム、もう一つはストップシステムだ。ゴーシステムは習慣を形作る手助けをするシステムであり、頻繁にとっている行動を無意識にできるようにしたり、ある程度の努力を要する新しい行動をやり遂げる手助けをする。ストップシステムは逆に取りたくない行動を監視することや、望ましくない行動が作動しているのを食い止めることである。
- 早寝早起きや間食を避けるなどといった行動は、当初は非常に辛く、何度も誘惑に負けてしまうことがあるが、ある一定回数繰り返しているうちに、無意識にそうすることができるようになり、心理的な負担も減るようになる。朝早く起きることのつらさや、ポテトチップスを食べたいのを我慢することのつらさは、ゴーシステムが作動しだすと意識にのぼらなくなる。
- 今現在の自分自身の行動のうち半分近くは習慣が作り上げているものだという研究もあるように、人間の脳は普段から省エネで動いている。今の自分の能力も習慣から形作られている割合が多いと考えられるだろう。だとすると、いかに習慣化して望ましい自分の姿に近づけるかということが重要になる。そして、とても自分ではできないようなことをし続けている人は、実はゴーシステムにより習慣化してしまっているのでそんなに負担にはなっていないのではないか、ということがありえる。
- つまり、今の自分ではできないと考えられることも、習慣化すればできる可能性があるということであり、その姿を想像できないのはゴーシステムがその行動を習慣化の対象にしていないからとも考えられる。こういう前提にたったとき、意思決定をどう行うべきだろうか?
リアル・オプション
- ここで、一つファイナンスの意思決定理論をのぞいてみると、リアル・オプションという考え方がある。リアル・オプションとは、オプションなどの金融商品の価値を測定するための方法を、事業の価値の測定にも応用したものである。オプションとはクルマを購入するときのオプションのようなもので、ある条件で権利を行使してもいいし、不利になると思えば行使しないままオプション権を保持し続ければ良い。
- リアル・オプションの考察は豊富な選択肢を我々の前に提示してくれる。例えば、意思決定の延期オプションと言われるものである。これは、情報などがのちに入手できる見通しがある場合など、将来のあるタイミングで今の状態よりも有利になることが見込めるため、その時まで今すぐ意思決定するのを避けるというものだ。
- 要するに先延ばしをしているということになるが、ただの先延ばしではなく将来に情報などが得られた状態の方がより意思決定に有利だという判断をしているのである。
- さて、リアル・オプション、とりわけ意思決定の延期オプションを前提に考えると、習慣化はこの延期オプションを生成させているということが言えるのではないだろうか。つまり、今の自分を前提に意思決定をするのではなく、ある望ましい習慣を身につけた自分になってから、その時の自分の状態である意思決定をするのだ。その方が遥かに今よりも選択肢の数が拓けているに違いない。