アリババグループと中国政府の関係
- 中国EC大手アリババグループ の関連会社であるアントグループは、2020年11月5日に上海と香港の両証券取引所に新規上場を行う予定であったが、その2日前に延期となり市場関係者に驚きを与えた。続いてアリババグループのトップである馬雲(ジャック・マー)氏が2020年11月に出演予定のテレビ番組の収録に参加しなかったことを背景に、欧米のメディアは同氏が2ヵ月間公の舞台から姿を消したことを報じた。さらに2020年12月24日、中国規制当局はアリババグループを独占禁止法の疑いで調査を開始したと発表した。
- アリババグループと言えば時価総額が70兆円近くある(2021年4月7日時点、1HKD=14円で換算)超大企業だ。毎年11月11日は独身の日と呼ばれ、アリババグループが運営するオンラインECプラットフォーム「天猫(Tモール)」はこの1日だけで4982億元(7.9兆円)の商品を流通させた。これがどれだけとんでもない数字なのかというと、国内大手ECの楽天で年間流通総額3.7兆円であり、楽天が年間で販売した金額の2倍をたった1日で叩き出しているのである。いかに中国内で絶大な影響力があるかわかるだろう。そのような企業率いるグループが突如のように様々な規制を受けることとなったのは、どういう背景があったのだろうか。
- 様々な記事が報じているところによると、ジャック・マー氏が2020年の10月に上海で開催されたサミットで中国の厳しく規制された金融システムを公に批判したことが、こうした中国政府側の対応を決定づけたとのことである。人民日報が述べるところによると、中国政府が作り上げた環境にジャック・マー氏がうまく乗ることによってアリババはここまで成長できたのだ、との認識が足りなかったらしい。
- 中国政府とジャック・マー氏との間に、これまでどのような関係が構築されていたのかは良く分からない。ただ、中国が生み出した開放経済の申し子としてジャック・マー個人を崇拝する企業家は多いらしい。同氏が国内経済界に与える影響力はかなりのものだろう。こうした流れを中国政府が警戒していたとしてもおかしくはないが、ここまで公に、かつ立て続けに中国政府がアリババグループに対して規制を強化するような動きはこれまで見られなかったのではないだろうか。
- やはりなんらかの関係が崩れたものと想定した方が良さそうだ。人間は他人を信用するまでには時間をかける傾向があるが、逆に信用を失うのは一瞬だ。私たちはしばしば、積み上げた信頼関係の重みを忘れてしまうことがある。そこで今回は信頼関係の脆さについて考えてみたい。
ナイフエッジ原理
- マクロ経済学の分野では、「ナイフエッジ原理」と呼ばれる理論がある。マクロ経済学では1国の経済活動をある1つの抽象的な「財」とみなしてその需要と供給の関係をモデル化して研究する。そして1国の経済成長がどのような条件下でどう起こるのかということも分析され、モデル化されている。企業の成長の場合をイメージすると少しわかりやすいかもしれないが、自社の製品なりサービスなりが急激に市場に受け入れられ、拡大スピードが急に速くなった場合、企業側は殺到する注文に応えるために生産能力なり人員なりを整えなければならない。これらは「投資」である。投資にはある程度の時間とお金が必要なので、急激に需要が拡大した時などは供給能力に追加するべき投資が間に合わず、現場に混乱が生じる。
- だからといって需要の拡大を予想してあらかじめ投資をしておいたとしても、実際には需要が拡大しなかったり、拡大するにしてもスピードが緩かったり、色々と想定違いが生じるものである。このように難しい投資の規模や時期の問題があるため、企業が理想的なスピードで成長することは実際には難しく、ジェットコースターのような激しい上下動を繰り返すことが多い。
- これと同様に国家の成長も需要の成長に応じた投資ができれば安定的に成長するのだが、実際は需要の成長と投資と供給力の増加はうまくタイミングが合わないことが多い。そのため、実際の経済成長率は一旦安定成長の軌道から外れるとどんどん外れた方に発散してしまい、安定成長には決して戻れない、という理論がナイフエッジ理論である。
信頼関係のナイフエッジ原理
- ここで、先述のナイフエッジ原理を信頼関係にもあてはめて検討してみたらどうだろうか。いくら信頼関係を築き上げたといっても、ナイフの刃の部分にいるという感覚を忘れると、少しのバランスを崩したことがきっかけであっという間に安定した場所から転げ落ちてしまう。ということは、一挙手一投足のレベルで油断ができないと言うことでもある。
- 野球選手で例えると、いつ出番がくるか分からない代打の切り札となったベテラン選手がいつ呼ばれてもいいように毎日真剣に練習をしている姿のようなものだ。試合に出ないかもしれないと言って気を抜いてしまうとあっという間に成績は落ちるだろう。ビジネスにおいても同じような局面は存在する。顧客と対面する時、その一挙手一投足は顧客が持つ自分のイメージにリアルタイムで反映されていく。その連続体が顧客が自分に持つイメージであり、ひいては自分を代表とする企業イメージの形成にもなる。会社のブランドは、そのようにして積み上がった顧客イメージの総体なのだ。これを一朝一夕で築き上げるのがいかに難しいかということだろう。
- そして、そのようにして積み上げた顧客との信頼関係は、たった一つの細かい言い方やあの時あの場面でこうしてくれなかった、というような事態で簡単に崩れてしまうのである。